齋藤研究室では、人工衛星データを解析して地球温暖化やオゾン層破壊などグローバルな地球大気環境問題に関する研究を行っています。研究テーマは、リモートセンシングの観測技術に関する研究、衛星等の温室効果ガス(GHG)やそのほかの長寿命ガスの各種観測データの解析研究、数値モデルを活用した炭素循環の研究などです。
衛星リトリーバルアルゴリズム開発
GOSAT、GOSAT-2のアルゴリズム開発
日本の温室効果ガス観測技術衛星GOSATおよび後継機GOSAT-2の熱赤外バンドの観測スペクトルから、気温およびGHG(二酸化炭素CO2、メタンCH4、一酸化二窒素N2O)等の長寿命ガス濃度の高度分布を導出(リトリーバル)するアルゴリズムの開発を担当しています。ベイズ理論にもとづく最大事後確率推定法(MAP法)により濃度を導出しています(e.g., Saitoh et al., 2009; Saitoh et al., 2016)。
衛星で観測された熱赤外スペクトルからCO2濃度の高度分布を導出する原理。
ひまわり8号による雲判定
静止衛星ひまわり8号の反射率および輝度温度の観測データを用いて、ピクセルごとに各種の雲の有無を判定するアルゴリズムを開発し、GOSATの観測視野内の雲判定の確からしさを評価しました。観測視野内の雲を見逃すとGHG濃度の導出誤差につながるため、正確な雲判定が重要になります(齋藤・北村, 2021)。
(左)ひまわり8号のピクセル(黄色)とGOSATの観測視野(赤丸)の模式図、(中)ひまわり8号の反射率データを用いた昼間および(右)輝度温度データを用いた夜間の雲判定の例。白が雲を表す。
衛星データの検証解析
GOSAT、GOSAT-2のGHG高度分布データの検証解析
衛星データなどのリモートセンシングデータは、データをサイエンス解析に利用する前に、必ずより精度の高い直接観測データとの比較にもとづくデータ質の評価(検証)が必要になります。GOSAT、GOSAT-2のGHG濃度の高度分布データについては、高度方向の観測感度(アベレージングカーネル=高度分解能の指標)を考慮したうえで、おもに航空機観測データとの比較を行っています(e.g., Saitoh et al., 2012; Saitoh et al., 2016; Saitoh et al., 2017 )。
(左)GOSATのCO2アベレージングカーネルの例、(右上)東南アジア上空のGOSATと航空機の上部対流圏CO2濃度の季節変動、(右下)日本-ヨーロッパ間のGOSATと航空機の上部対流圏CO2濃度の比較結果。
衛星データの利用研究
GOSATデータによる二酸化炭素CO2濃度の季節変動の解析
大気中のCO2濃度は、発生源および吸収源の季節変動と大気輸送を反映して変動します。GOSATのCO2濃度の高度分布データには、領域、高度によって異なる季節変動の特徴が見られます。特に、南半球はローカルな発生源・吸収源と北半球からの輸送の影響を受けるため、複雑な季節変動を示します。一般に衛星観測は高度分解能が粗いため、衛星データにもとづく高度別の濃度の季節変動の解釈はとても難しいです。
オーストラリア・シドニー上空における(左)下部対流圏、(右)中部対流圏のCO2濃度の季節変動。赤線はGOSATデータ、緑線・青線は航空機観測データ、黄線はGOSATの先験値データから求めた季節変動(by Y. Asano)。
衛星データによる成層圏オゾン層の研究
南極では毎年春季に大規模な成層圏オゾン層の破壊現象(オゾンホール)が見られます。一方、北極では厳冬後の春季にオゾンが大幅に減少することがあります。GOSATの熱赤外バンドのスペクトルから導出したオゾン濃度データの解析からも、2011年の2月から3月にかけて、北極の極渦内の太陽光が当たっている領域(太陽天頂角SZA≦96°)で大規模なオゾン濃度の減少が確認できました。
2010年12月から2011年3月、緯度70-80°N、温位525 Kおける GOSATのオゾン濃度の経度・時間断面。等値線はERA-5の気温。枠付きのシンボルはSZA≦96°の観測を示す(by E. Seki)。
衛星データ+数値モデルによる研究
南アジアのメタンCH4の特徴解析
CH4は発生源が多岐にわたり、とくに微生物起源のCH4は発生プロセスも複雑で発生量の定量化も困難です。南アジアはCH4の一大発生源であり、アジアモンスーンに伴う上昇流により、地表の発生源から放出された高濃度のCH4を含む空気塊が上空に輸送され、GOSATおよび大気輸送モデルのCH4の高度分布データには、モンスーン期に上空で高濃度のCH4が見られます(Belikov et al., 2021)。
インドの北西乾燥地域(Arid India)の(左)MIROC4-ACTM [Patra et al., 2018]と(右)GOSATのCH4濃度データの高度・時間断面図。
物質の半球輸送に関する研究
GHGや大気汚染物質などの主な発生源がある北半球から南半球への物質の半球輸送の経路の解明は、これらの物質の全球分布を明らかにする上で重要です。GOSATおよび大気輸送モデルのCH4の高度分布データから、半球輸送は上部対流圏で最も活発であること、熱帯南アメリカ、熱帯アフリカ、東南アジアでは北半球から南半球への半球輸送が一年を通して活発である一方、熱帯インド洋では南アジアの夏モンスーンにより半球輸送に大きな季節性があること、ならびに夏モンスーンにより、チベット高原~インド上空の上部対流圏に輸送された高濃度CH4の空気塊が熱帯アフリカ東部を通って南半球に輸送されていることがわかりました(Belikov et al., 2022)。
大気輸送モデルMIROC4-ACTM [Patra et al., 2018] により季節毎に計算した熱帯(10°S-10°N)の上部対流圏における移流傾向(百万トン-CH4/⽉)。正、負はそれぞれ北半球向き、南半球向きの輸送を表す。⿊線は年平均値。
GHG収支推定に関する研究
メタンCH4の全球・領域別の収支推定
二酸化炭素CO2に次ぐ主要なGHGであるCH4の領域別の収支(どこでCH4が放出され、どこで消失しているか)を、大気輸送モデルによるインバース解析で推定しています(トップダウン推定)。収支推定の結果、全球CH4総排出量は2000-2005年から2015-2020年で42 Tg/yr増加しており、東アジア、東南アジア、南アジア、ブラジル、中央アフリカの5つの地域がCH4総排出量の約半分弱を占めていたことがわかりました(Belikov et al., 2024)。
大気輸送モデルMIROC4-ACTM [Patra et al., 2018]によるインバース解析で推定した各地域の異なる期間におけるCH4総排出量の推定値の箱ひげ図。
GHG同位体モデルの開発
二酸化炭素CO2には質量数12のCO2のほかに、質量数13(13C)の安定同位体が存在します。炭素には13Cのほかに放射性同位体である14Cが存在します。CO2の発生源および大気-陸域、大気-海洋の交換プロセスによってCO2の同位体比は変化するため、同位体比の情報はCO2の収支を推定するうえで極めて重要な情報です。CO2の13Cおよび14Cの同位体のふるまいを表現できる同位体モデルの開発を進めています。
1月および7月の大気-陸域生物圏の(上)14Cおよび(下)13CのCO2交換プロセス(by U. Chakraborty)。